日本の都市と川/著者:林上

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書籍情報

タイトル

歴史と地理で読み解く日本の都市と川

発刊 2024年1月16日

ISBN 978-4-8331-4161-1

総ページ数 425p

著者

林上

名古屋大学大学院文学研究科史学地理学専攻、文学博士。
名古屋大学名誉教授、中部大学名誉教授。

出版

風媒社

もくじ

  • 序文
  • 第1章 都市の地理学研究と近世初期に生まれた都市と川
    • 第1節 都市の地理学研究の概念と川の位置づけ
    • 第2節 近世初期に生まれた都市の立地と川の関係
  • 第2章 平地と山地の境界に生まれた都市の歴史的発展
    • 第1節 新潟平野と東側丘陵地の境界に形成された加茂と見附
    • 第2節 関東平野と関東山地の境界に形成された青梅と下仁田
    • 第3節 三河山地の出入口・新城と長良川沿いの谷口集落・美濃
    • 第4節 九州山地の出入口に形成された在郷町・黒木と城下町・竹田
  • 第3章 山間盆地に形成された旧城下町の歴史的発展
    • 第1節 白山連峰を挟む山間盆地に形成された大野と高山
    • 第2節 丹波国の山間盆地に形成された亀岡と丹波篠山
    • 第3節 豊後と日向の山間盆地に形成された日田と都城
  • 第4章 盆地の中の扇状地に形成された都市の歴史的発展
    • 第1節 東北地方の盆地に築かれた城下町,山形と新庄の水環境
    • 第2節 甲府盆地の城下町・甲府と長野盆地の天領・中野の歴史
    • 第3節 美作国の中心地・津山,備中松山城下の高梁と鉱山町・吹屋
  • 第5章 大きな扇状地の上に形成された都市の歴史的発展
    • 第1節 扇状地上に形成された弘前の盛衰と胆沢扇状地の灌漑用水
    • 第2節 那須野が原扇状地の開拓と荒川扇状地の舟運・街道
    • 第3節 庄川扇状地・砺波平野の散居村と犬山扇状地扇頂の犬山
  • 第6章 複合扇状地の上に形成された都市の歴史的発展
    • 第1節 横手の歴史風土と猪苗代湖に頼る城下町会津若松・郡山
    • 第2節 長野県の松本盆地・伊那盆地の都市と水環境・舟運
    • 第3節 旧東海道の要衝,亀山城下町と天井川を公園化した草津
  • 第7章 川と川の合流点に生まれた都市の歴史的発展
    • 第1節 北海道,旭川の日本初の買物公園と帯広開拓の歴史
    • 第2節 北上川,阿武隈川の地形条件と黒沢尻,福島などの舟運
    • 第3節 大坂の豪商と山陰・倉吉の関係,山陽・山陰をむすぶ三次
  • 第8章 河岸段丘の上に形成された都市の歴史的発展
    • 第1節 河岸段丘上の都市として知られる沼田と相模原の歴史
    • 第2節 河岸段丘の上で繰り広げられた春日井と各務原の歴史
    • 第3節 河岸段丘の近くの政治拠点から発展した大分と熊本
  • 第9章 河口部・三角州に形成された都市の歴史的発展
    • 第1節 自動車輸入の三河港をもつ豊橋と小さな県庁所在都市・津
    • 第2節 福山の城づくり・干拓と岩国城下の町を結び合う錦帯橋
    • 第3節 四国の平野部に築かれた城下町徳島・松山の歴史的発展
  • 第10章 水郷・舟運・筏流しなど川と関わる人と都市
    • 第1節 利根川舟運の拠点・潮来と佐原,会津と江戸を結ぶ鬼怒川舟運
    • 第2節 琵琶湖と流入河川流域に生まれた近江商人と熊野川の筏流し
    • 第3節 柳河藩の城下町水路網と人吉藩の球磨川下り・灌漑整備

書籍紹介

どんな本か

 日本の都市と川の関係を解明する一冊です。著者は歴史と地理の観点から、都市の発展や文化、産業の成り立ちを紐解き、川が果たした役割を考察します。

川と歴史

 日本の都市の多くが川の存在と密接な関係にある点です。川は古くから交通や交易の重要な手段であり、都市の形成や成長を支えてきました。この書籍では、各都市が持つ独自の歴史や地理的特徴に焦点を当て、それぞれの川とのつながりを掘り下げています。

 例えば、美濃と長良川、那須野と荒川扇状地、北海道と旭川など、地域ごとに異なる川との関係性が、地域の成り立ちを豊かに描き出しています。さらに、日本の近代化と共に変化してきた都市と川の相互作用も取り上げられ、河川工事や都市計画などの視点からも多角的に分析されています。

どんな人にオススメか

この本は、日本の都市の成り立ちや地域の特性を知りたい読者にとって、非常に有益な情報を提供してくれるでしょう。歴史と地理を組み合わせて都市と川の関係を理解することで、現代の都市づくりや地域社会における課題についての考察も深まるはずです。

試し読み

※そのままの文章ではありませんが、試し読みする感覚でお楽しみください。

近世初期に生まれた都市の立地と川への依存

 江戸時代に幕府が開かれ、戦のない社会が到来しました。各地には城下町が建設され、軍事や政治の拠点を物資面で支えるために商工業者が集まりました。その周辺では農民が食料生産に従事していました。

 戦のない社会とはいえ、海外などからの脅威に備えて都市の中心には防衛を重視した城郭が築かれました。主君を守る家臣たちは城を取り囲むように住み、その生活に必要な食料や物資を輸入していました。輸送手段として舟運が重要であり、飲料水や生活用水、農業用水、防衛のための堀の水など、多くの面で川に依存していました。

 時代が進み、一国一城令により多くの城が廃城となっても、都市や集落は依然として川に依存していました。舟運の中継地点が起点となり、さまざまな経済圏が生まれました。山間部から流れ出る川の谷口付近には川湊をもつ集落が市場を開くこともありました。船業で栄える港町から、舟運と海運を結ぶ水上交通のネットワークが日本列島を取り囲み、物資を扱う城下町が中継地点として増えていきました。

 川そのものが近世都市の発展を支え、現代へと受け継がれる重要な役割を果たしたのではないでしょうか。

都城盆地の豊かな農産物出荷と近世大淀川の舟運

 東京・大阪・名古屋などの都市で宮崎県の農畜産物について尋ねると、宮崎牛や完熟マンゴーが挙げられます。九州南東部の温暖な気候に恵まれた土地であれば、豊かな農畜産物が収穫できることが想像できます。

 しかし、これらの豊かな農畜産物を消費者に届けるには、円滑な物流が必要です。都城は大都市圏から遠いため不利ですが、関西や関東方面へは宮崎と神戸を結ぶフェリーを活用し、残りはトラックで輸送しています。

 農畜産物の輸送では短時間での配送が重要です。宮崎平野からは周囲の山を越えてフェリーを使わなければならず、海岸平野と比べると都城市は多少のハンディキャップがあります。それでも、農産出額が全国第1位であることは素晴らしい成果です。

 大淀川は豊かな流れを誇り、かつては物資輸送に舟が利用されていたと考えられます。しかし、途中には硬い岩場があり、航行を妨げていました。

 1794年、観音瀬に舟路が開かれ、宮崎県によって水路が開削され1890年に完成しました。大正期になると陸上交通の発達により舟運の役割は低下しました。その後、水路を利用した水力発電のための工事が行われたり撤去されたりし、ダムが建設される中で舟運の史跡は残されています。

山陰・倉吉の再起をかけた豪商の執念

 大坂・中之島といえば、江戸時代に諸藩の蔵屋敷が立ち並び、全国各地の物資が集まる「天下の台所」として知られていました。

 中之島との行き来のために、堂島川と土佐堀川にはいくつかの橋が架けられていました。南から御堂筋を通って土佐堀川を渡る橋が淀屋橋、南からなにわ筋を通って土佐堀川を渡る橋が常安橋です。これらの橋は大坂の豪商が自費で架けたものです。

 徳川による天下統一後、家康に召し出された淀屋常安は、家康から望みを問われ、「大坂に入ってくる干魚と米穀の相場を決める権利がほしい」と答え、これを許されました。彼が私設した米市場が大繁盛し、中之島を開拓して常安請地として整備し、1619年に完成させました。

 1730年にようやく堂島米会所における帳合米取引が公に許され、これが世界で最初に組織化された商品先物市場として発展し、「天下の台所」としての大坂の発展のきっかけとなりました。

 繁盛を続けていた淀屋ですが、政府の介入や処分が重なり、突然1859年に商いを閉じてしまいます。恨みが溜まった結果でしょう。

 その後、密かに淀屋を引き継いだ牧野家は、良質な印賀鋼を原料に作った農機具を売り歩き、倉吉で淀屋を再興しました。

利根川舟運の主要拠点

 潮来が利根川舟運の中継地であったころ、東北諸藩の年貢米や諸物資がどのようなルートで江戸まで輸送されていたかについて考えてみましょう。

 潮来を経由して江戸に向かうには、2つのルートがありました。1つ目のルートは、奥州方面から太平洋を南下してきた廻船が那珂湊から涸沼に入り、涸沼の西端にある海老沢湖岸(茨城町)で荷を陸揚げします。その後、荷物を馬に積み替えて紅葉(鉾田市)や下吉影(小美玉市)まで運び、そこから小舟で北浦まで運びます。北浦で荷物を高瀬舟に積み替えて南下し、潮来に着きます。潮来からは利根川を経て横利根川を通り、佐原に出てから江戸川の舟運を利用して江戸へ向かいました。

 第2のルートは、技術が進んで奥州から太平洋を南下してきた廻船が那珂湊を経て、鹿島灘を乗り切れるようになったことで開拓されました。このルートでは、廻船が銚子に着き、そこから河口を通って利根川を遡上し、潮来や間宿を経て江戸川に入り、江戸へ向かいます。

 潮来で新田開発が進むと、特産物の生産や産業の発展により集落が大きくなりました。やがて潮来に代わって、佐原が利根川舟運の中心地となりました。江戸市場向けの物資供給や中継拠点として繁栄した佐原の様子は、小野川沿いに立ち並ぶ商家や倉庫からもうかがうことができます。特に、寛文年間から始まった清酒や醤油の醸造業が主要な産業となりました。

 時が経ち、鉄道網や大規模な橋梁が出現すると、佐原は舟運拠点としての役割を終えることとなりました。

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