日本史で学ぶ「貨幣と経済」

※ 毎朝、5分ほどで読める書籍の紹介記事を公開します。

※そのままの文章ではありませんが、試し読みする感覚でお楽しみください。

はじめに

 政府負債として貨幣の価値を裏付けるものが政治・軍事におけるパワーという視点は、日本史のマネーにおいてもしばしば観測される現象です。

 歴史は一回性をもって捉える必要があります。しかし歴史から社会・経済に通底するものがあるというのは、私的には間違いないと思っているのです。

 歴史は予想以上に強力な導きの意図として機能します。歴史からしか学べないものもあるのです。

書籍情報

タイトル

日本史で学ぶ「貨幣と経済」

第1刷 2023年2月15日

発行者 永田貴之

発行 (株)PHP研究所

作成協力・組版 (株)PHPエディターズ・グループ

印刷・製本 図書印刷(株)

ISBN 978-4-569-90296-8

総ページ数 285p

著者

飯田泰之

明治大学政治経済学部教授。内閣府規制改革推進会議委員を兼務。専攻はマクロ経済学、経済政策。

出版

PHP文庫

富本銭は貨幣として機能したか

作者: acworks

 無文銀銭から富本銭への移行が想定通りに進んだとは考えづらいです。見慣れない銅銭を使えと言われて従う者がどれほどいたでしょうか。銀銭禁止のわずか3日後に、銀での取引を認めています。

 しかし、全く財政収入を得ることができない銭を鋳造し続けたわけではないようです。贋金(にせがね)づくりを誘発させるだけの価値ある資産だったと言えるでしょう。

 貨幣の3つの機能(取引決済・価値保蔵・価値尺度)のうち一部のみを担っていたという可能性はありますが、今日想像するような貨幣とはかなり異なる存在です。

 現在のところ、富本銭がどの程度発行され、どれだけの財政収入をもたらしたのかは定かではありません。しかし、成功度合いはさておき、製造費を上回る価値をおもって流通させることを「目指した」貨幣の日本史は宮本銭から始まります。

 宮本銭発行の失敗から学ぶことで、我が国初の本格的な流通貨幣となる和同開珎発行計画が立てられるのです。

300年間で変化しない賃金

Image by Frantisek Krejci from Pixabay

 硬直性を持つものの代表が賃金です。政策効果の予測などに用いられるマクロ経済モデルでは、名目賃金は他の財・サービスに比べて変化しにくいという想定でモデルが構築されます。

 失業がほとんど存在しない、いわば完全雇用経済においては、労働が相対的に安くなっても働いている人数や時間は増加しません。全ての人がこれ以上働けないからです。このとき、貨幣量の増大は実質賃金を引き下げる効果によって、労働者を貧しくするという分配上の効果を持ちます。

 前近代の日本でも賃金やサービス価格には明らかな硬直性がありました。中世の300年間において標準的な大工の日当は100文程度でほとんど変化していません。大工は技能労働者の代表です。100文は一般的な労働者の3倍ほどの賃金にあたります。

 100文は今の2~3万円くらいの感覚でしょう。13世紀後半から15世紀前半にかけて、米の価格が半分にまで低下しています。1日の稼ぎで買える米の量、一種の実質賃金は時期により大きく変動していたのです。

 現代の日本に限らず様々な国においても、労働は純粋な商品とは考えられていません。労働に対して「正当な賃金水準」を想定してしまうものなのです。

金融業の隆盛が格差を生んだ

Image by Shameer Pk from Pixabay

 金融業の発展により、以前より多くの貸借関係が存在するようになりました。

 金融負債とは他の誰かの資産です。金融資産とは他の誰かの負債です。負債を抱える人が増えたのと同時に、より多くの資産が生まれたことに注目する必要があります。

 貸付け先の小規模化と金融業者の大規模化は金融業のさらなる発展をもたらしました。農民相手であれば、返済不能時の取り立てをはるかにしやすかったのです。貯金をする余裕のある資産家層にとって待望の「信頼できる債務者」が生まれる素地が整います。

 一方で農民にとって良いことはありません。金融業者の利子にひたすら貢献する農民、その格差は一方的に広がっていくことになります。

 この格差や分断が1428年や1441年の徳政一揆へとつながっていくのです。

 富裕層が存在した証拠に備蓄銭の出土があります。14世紀末~15世紀にかけての時期には1カ所の平均で約4万枚です。閉じの富裕層の平均的な資産だと考えられるでしょう。室町時代の安定期には、その前後に比べ、より豊かな富豪が存在していたのです。

メキシコ銀によって日本の貨幣が終焉した

Image by tookapic from Pixabay

 1853年には米東インド艦隊を引き連れてペリーが浦賀に来航します。港こそ限定されたものの、長崎での管理貿易とは異なり輸出入品の内容や数量の制限が難しくなりました。

 自由な取引には通貨のやりとりが必要なのです。

 ここの至って幕府は通貨問題、国際為替問題に直面することになります。幕府は金・銀に関する「同種同量交換」発行国にかかわらず同じ種類・同じ重さの金属を同価値と扱うことを認めてしまいます。

 南鐐二朱銀は、材料としては銀を用いているものの、その銀の量との価値が関係ないならば、「銀でできた紙幣」です。

 素材と重さが同じであるという理由で「一万円札1000枚と同質の紙1kgの交換を認める」と同じことです。

 メキシコ銀1枚は銀の同種同量交換の原則にしたがうと天保一分銀約3枚と交換できます。これを上海に持ち込み国際的な相場で交換すると銀301gメキシコ銀12枚を得られるのです。中国に持ち込むだけで4ドルが12ドルになっていました。国内から大量の金が海外に流出することになったのです。

 無文銀銭から始まった日本の貨幣は、メキシコ銀によって大きな転換期を迎え、国際的、近代的な貨幣秩序の中に飲み込まれていくことになります。

あとがき

 実のところ、本書は当初、日本史を例として教科書などに登場する主要な経済理論を紹介する企画として依頼されました。

 しかし、その依頼とほぼ同時期に『日本古代貨幣の創出』という本に出合ってしまったのです。そうなると、経済と歴史に関して何を書いても「もっと重要なことがあるじゃないか」との思いが拭えなくなりました。

 結果、いただいた企画案とはかなり離れた内容になったのです。

 度重なる規格品校を受け入れて下さったことに感謝します。

 本書は、貨幣の歴史を題材として、現代の貨幣、さらには未来の貨幣を考える論理の抽出を試みています。その過程で、歴史的な事例になんらかの説明を加える記述も登場するのです。

 ついつい現代的な価値観で考えてしまうけれど、歴史の当時の人々にとっての損得勘定が大きく異なる可能性に注意しなければなりません。

 これからも研究を重ねていきたいと考えています。

感想

サイト管理人

サイト管理人

 通貨の誕生、お金の貸し借り、貧富の格差ができる過程、貨幣視点からみる歴史はいかがでしょうか。

 賢者は歴史に学ぶと言います。クーポン券の発行だったり、お金の貸し借りだったり、格差是正だったり、参考になる過去は色々あるのではないでしょうか。

 昔の人も、富は安心の材料だったようで、大量に家に備蓄していたことがわかります。おもしろい歴史事情が楽しめました。

 下にリンクを貼っておきますので、本書の購入を検討してみて下さい。

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