生活史論集

※読んだ本の一部を紹介します。

※そのままの文章ではありませんが、試し読みする感覚でお楽しみください。

書籍情報

タイトル

生活史論集

第1刷発行 2022年12月20日

編者 岸政彦

発行者 中西良

発行 (株)ナカニシヤ出版

カバー写真 岸政彦

装幀 白沢正

印刷・製本 亜細亜印刷

著者

石岡丈昇

金菱清

川野英二

川端浩平

岸政彦

齋藤直子

白波瀬達也

朴沙羅

前田拓也

丸山里美

出版

ナカニシヤ出版

大震災のキャンドルライト

著者:金菱清

 少し前に、「いま車で帰宅している」と父から連絡があったのです。そのすぐ後に、仙台港で大きな津波が発生したとラジオがつたえています。何度電話をしても、メールをしても、繋がらないのです。

 ようやく帰宅した家には、母と祖父母のほかに、赤ちゃんを抱いた知らない親戚の人がいました。家は親戚でいっぱいになり、20人ほどが雑魚寝で夜を過ごします。

 翌朝、上のすぐ100メートル手前まで津波の水が来ていて、泥だらけになった自転車が木や家に折り重なるように引っかかって道を塞いでいます。

 積み重なった車をよじ登ってみると、自衛隊員が救命ボートで救助している姿が見えました。父はどこにいるのだろうか…ひとつ深呼吸をしてみます。

 依然として停電のなか、玄関から見える老化に大きなキャンドルを置きました。父が帰ってきたときに、真っ暗でも家がわかるように母が置いたものです。そのキャンドルは結婚式でキャンドルサービスをしたときの一番大きなロウソクになります。来年には銀婚式だと話していました。

 水が引けてから、最後に父をみたという場所に親族みんなで赴きました。現場はひどい有様で、何百台という車がぐちゃぐちゃに捻りつぶされて、積み重なっています。人が入り乱れ、ひしめき合って、サイレンの音や怒鳴り声、叫び声、泣き声が耳と頭を劈いたのです。ショックを受けてしまって、このときの光景をよく思い出せません。

 遺体は安置所に収容されたと聞くと、母は「安置所に行こう」と言いました。

 安置所で、特徴の似た人がいると連絡を受けます。案内人が袋の番号を確認し、4、5人がかりで、ひとつの白い袋を運んできてくれました。ファスナーがゆっくり降ろされると、そこにあったのは、まぎれもなく父の顔です。母は、ガクッと床に跪いき、声をあげて泣いていました。

 葬儀屋に向かうにも津波の水で道がなく、葬儀屋と相談するもスグに対応できないと断れてしまいました。このままでは、父が腐敗してしまいます。

 泥水でぐちゃぐちゃの靴とズボンを絞りながら、ドライアイスすら手に入らない状況にショックを覚えていました。頭のなかで、父が腐っていく映像が勝手に流れます。

 持っていた懐中電灯を切らし、葬儀屋でもらったロウソクをマッチで火をつけました。その灯はあまりにも頼りなく揺らめき、足元にさえ届きません。先も見通せない不安を象徴しているかのように、感じられました。

沖縄的共同性

著者:岸政彦

TakatoshikunによるPixabayからの画像

 ここ10年ほどで日本語圏の沖縄社会研究は、かなり大きく変化しています。日本人は何かという漠然とした問いから、「沖縄の人々は所与の構造と条件のもとで、どのような選択をしているのか」という具体的な問いに移動しています。

 上間陽子の『裸足で逃げる―沖縄の夜の街の少女たち』などは、沖縄の若い女性たちの過酷な日常を描いています。経済的に厳しい条件のなかで育った彼女たちは、男たちから毎日のように暴力をふるわれ、学校へも行かず、10代のうちに妊娠・出産し、キャバクラや風俗で働いています。

 登場する女性たちは、基本的に複雑な家庭事情のなかで生まれて、地縁や血縁のネットワークから加護されることがまったくありません。経済的な厳しさからか、地元社会から出ることもないのです。

釜ヶ崎、日雇労働

著者:白波瀬達也

ddzphotoによるPixabayからの画像

 吉岡さん(仮名)は釜ヶ崎の医療問題に切り込みつつ、自ら日雇い労働者として労働運動にも積極的に関与していきました。寄せ場となる労働は重層的な下請け構造になっており、末端の日雇労働では雇い主による賃金不払いや暴力も横行していたのです。1970年代になると、労働運動が展開され、警察や役所ともぶつかり合うことが続きました。

 吉岡さんは、キリスト教を信仰する若者であり、釜ヶ崎に出入りしながら、圧倒的な不平等・不条理の現実を突きつけられていた1人です。

 飯場闘争をやっていました。ケタオチと呼ばれる悪質な飯場に、賃金未払い、暴力などはいっぱあったわけです。80年代は言い出したらきりがありません。
 みんな這う這う逃げ帰ってきて、組合に相談し、バスに乗っては「労働争議」として団体交渉するんです。

 社会構造に切り込んでいくことは、喫緊の課題だったのです。

介護者は道具か

著者:前田拓也

RosyによるPixabayからの画像

 要介護者たちの日々の「自立」した暮らしを支えるために、介助者の仕事は存在します。

 この場合の「自立」はとても変わった意味合いを持っていて、健常者の介助ありきで生活ができることを意味しているのです。

 あくまでも、介護が必要な人の意志や意向が尊重され、健常者の意図を含まないように促されます。

 「やりすぎ」てしまったり、「共感」しすぎてしまうことを避けるためでもあるのです。人それぞれに求める要求が違ので、場合によっては臨機応変な対応を求められますが、だいたいの介護がルーティン化されます。

感想

サイト管理人

サイト管理人

 10人の社会学者による、10通りの生活史の物語が読めます。1冊で10冊分を買ったと思えば、めちゃめちゃ安い本なのではないでしょうか。なにより、生活ベースでかなり具体的な書籍になります。大変な生活を強いられた人の資料として、この本ほどアテになるものはないです。

 認知症の人ですと、個々のこだわりが凄いと思います。環境に合わせた応用がきかないのと、最近の記憶を忘れてしまうため、過去のこだわりが特化する傾向にあるのです。

 そのこだわりを満たしたところで、記憶が欠落するのだから漠然とした不安はずっと頭にあるので、「帰りたい」とか言って2階から飛び降りようとしたり、救急車の出入りを見計らって脱走したりするわけです。

 変えるための手段が記憶から欠落しているので、当然帰れません。こういった人らが特定のこだわりをもって老人ホームに入居されるわけです。大変だけれども、夜中にナースコールを頻繫に鳴らすけれども、行われる介助は決まってくるため、ルーティン化されるということでしょう。

 良い悪いではなく、リアルな社会の生活史の語りを読んでみてはいかがでしょうか。

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