雑誌「Newton 11月号」のおもしろかった記事を紹介

Focus

 話題の最新研究やニュースをコンパクトに紹介するコーナーです。
 毎月いくつかの情報を紹介されています。ここでは個人的におもしろかった記事を、さらにコンパクトにしてピックアップします。

金星の夜に吹く風

ジャンル:惑星科学

出典 The nightside could-top circulation of the atmosphere of Venus

Nature 2021年7月21日

 金星では、自転をおいこす向きの、高速の風(スーパーローテーション)が吹いていることが知られています。風の情報は雲のパターンを観測して求めていました。けれど、金星の太陽光があたらない「夜面」にふく風の分布は、良く分かっていなかったのです。

 当時、東京大学の大学院生だった福谷貴一氏たちは、日本の金星探査機「あかつき」のデータから、金星の夜面の雲の流れを観測することに成功しました。
 彼らは、雲が温度に反応して赤外線を放つことに注目しました。太陽光がなくても、雲のパターンを見るためです。

 解析した結果、昼間の極方向にふく風に対し、夜は赤道に向かって風が吹いているのがわかりました。夜になると風が逆転していたのです。この結果から、夜にふく風が、金星にふく高速の風にエネルギーを渡していることもわかりました。

 金星大気の観測は、高速風のふく他の天体の理解にもつながることでしょう。

多細胞動物の起源

ジャンル:古生物学

出典 Pissible poriferan body fossils in early Neoproterozoic microblial reefs,

Nature, 2021年7月28日

 最も初期に生まれた多細胞生物と考えられているのが海綿動物です。しかし、現在知られている海綿動物の最古の化石は、約5億年前のカンブリア紀のものなのです。カンブリア紀より前に、生物の多様化は進んでおり、海綿動物が出現していた証拠はこれまでありませんでした。

 カナダ、ローレンシャン大学のターナー博士は、カナダ北西部の約8億9000万年前の岩礁から、網目状のスポンジ組織認められる岩石を発見しました。今回の発見は、サンゴが進化する以前の太古で、生物岩礁な作られた証拠となります。

 海綿動物は、酸素が増加するよりも前に出現していた可能性がある。生物の進化に何か重要な役割を果たしていたのではないだろうか。

寿命をあやつるしくみ

ジャンル:生物学

出典 Rewiring of the ubiquitinated proteome determines ageing in C.elefans,

Nature, 2021年7月28日

 さまざまな生物において、食事制限などにより摂取カロリー量を減らすと老化を抑制できることが広く伝わってきました。タンパク質は変化するためだと考えられています。

 タンパク質の分解に関わってくるのが、「ユビキチン」と呼ばれるタンパク質の結合です。生命にユビキチン化が関わっていることは分かってきていましたが、老化における役割には不明な点がありました。

 ドイツ、ケルン大学のコユンジュ博士らは、線虫を用いてユビキチン化と老化の関係を調べました。老化の過程で、ユビキチンをタンパク質から取り除く酵素がはたらくことがわかりました。さまざまなタンパク質からユビキチンが除去されることで、腸内環境や細胞骨格に影響があることも見つかりました。ユビキチンが無くなったタンパク質を減少させることで、寿命を延ばせることも発見しました。

 ユビキチン化によってタンパク質を分解するしくみが、寿命を制御しているかもしれません。

Focus Plus

 話題のニュースを紹介するコーナーです。

新型コロナ「変異株」にどう立ち向かうか

本記事は2021年9月7日までの情報にもとづくものです。最新の情報を厚生労働省や各自治体などが公開する情報を確認してください。

ジャンル:医学
監修:片山和彦 北里大学大村智記念研究所 ウイルス感染制御学教授
元の記事の執筆者:西村尚子

 第5波の感染拡大は過去最大の規模になっています。感染した人のほとんどが、「デルタ株」で占められているのが特徴的です。

 ワクチンの効果は十分なのか、治療の切り札とは、新型コロナの情報をアップデートしましょう。

世界の感染者の大半がデルタ株

 日本では、ほぼすべての都道府県で陽性者の8割以上がデルタ株であると推計されています。WHOは、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタを懸念すべき変異株として、気にかけてきました。さらに、イータ、イオタ、カッパ、ラムダ、ミューを注目すべき変異株として、これから目を向けるべきウイルスとみています。こうした変異株の出現は、宿命的なものなのです。

 新型コロナウイルスは、遺伝物質として1本鎖のRNA(リボ核酸)をもつ「RNAウイルス」です。RNAは非常に不安定な物質で壊れやすいため、ウイルスを増やしていくときに、コピーミスが頻繁に発生します。新型コロナウイルスにはコピーミスを修正する酵素をもつため、ノロウイルスと比べると100分の1~1000分の1と遅いペースです。それでも、ヒトへの感染がくりかえされてしまうのであれば、次々と変異株は出現してしまいます

デルタ株は感染力が高いが病原性はほとんど変わらない

 デルタ株では、スパイクタンパク質の3つの遺伝子に生じた異変によってできています。

  • 452番目のアミノ酸がロイシン(L) → アルギニン(R) 「L452R」
  • 681番目のアミノ酸がプロリン(P) → アルギニン(R) 「P681R」
  • 478番目のアミノ酸がスレオニン(T) → リジン(K)「T478K」

 「L452R」はヒトのACE2受容体との結合力を増大させ、ウイルスを感知する機能を低下させた可能性があります。
 「P681R」も細胞への感染性を高めた可能性が指摘されています。
 「T478K」については具体的な解析結果は出されていません。

 デルタ株は、被変異株やアルファ株と比べて、感染力が1.5倍~2.0倍と高くなっています。感染した際の重症化リスクは、ほとんど変わらないとの見解が多いです。病原性が変化したとは思えません。

デルタ株にもワクチンは有効

 デルタ株に対するワクチンの効果について、知見が集まりつつあります。「ファイザー製のワクチンを2回接種したときに90%の発症抑制効果がある。」「ファイザー製のワクチンを2回接種したヒトの、14日以降のデルタ株に対する感染防御効果は79%」といった報告です。各自治体のデータなどからも、ワクチンの効果が確認できます。

日本でもはじまった「抗体カクテル療法」

 2021年7月、厚生労働省は新型コロナに対する新たな治療として、2種類の抗体医薬を併用する「抗体カクテル療法」を特例商人した。アメリカのリジェネロン社とスイスのロシュ社が共同で開発した「カシリビマブ」と「イムデビマブ」という2種の抗体医薬を混合して用いるというものです。日本では「ロナプリーブ」という商品名で中外製薬が販売をはじめました。

 抗体カクテル療法は、スパイクタンパク質のACE2受容体と結合する部分に、強く結合するといいます。副作用に重篤な症状のアナフィラキシーやアレルギー反応が起こる可能性はあります。効果として、入院・死亡リスクを低下させることができ、重症化リスクに症状消失までの期間短縮が確認されています。今の現状では、積極的に使っていくべきでしょう。

皮下注射で発症予防の効果あり

 抗体カクテル療法は、軽症から中等症の段階で速やかに行う必要がある。ロナプリーブは「静脈への点滴によって投与する薬」とされており、日本では入院での投与が想定されていました。2021年の夏以降には、中等症でも入院できない事態になるなど、抗体カクテル療法の体制はまだまだ不十分なようです。

 実は「1回の皮下注射でも十分に予防効果があった」と、臨床試験の結果が出ています。今後の検証や臨床試験に期待です。

 今後、使いやすく、安い抗体医薬が出てくることを願っています。

ワクチンがきかない変異株の出現に要警戒

 今のところ変異株にワクチンがまったくきかなくなるという変異は起きていません。よって、ワクチン接種が現時点での最善策といえるでしょう。

 ワクチンの接種完了者と未接種者の混在環境が続くほど、新たな変異株が誕生しやすくなります。全世界で2回目の接種者が8割以上になるまでは、変異株の流行は続くのではないかとみています。

 3回目のワクチン接種ですが、アメリカでは臨床試験がはじまっており、より免疫力を維持する効果があると結果が出ています。日本でも医療従事者や高齢者などに向けたブースター接種の議論を、はじめてもいいのではないでしょうか。

 製薬企業や研究者は、ウイルスの変異の兆候があれば、ピンポイントでワクチンを改良する体制を整えています

常圧の二酸化炭素を原料にプラスチックを合成

ジャンル:科学
協力:田村正純 大阪市立大学人口光合成研究センター准教授
元の記事の執筆者:加藤まどみ

 二酸化炭素からポリウレタンなどの原料となるプラスチックを合成することに成功しました。有毒な原料を使うことなく、二酸化炭素を有効利用できることから、実用化が期待されています。

 この研究は、論文誌「Green Vhemistry」に2021年7月26日にオンライン掲載されています。

ポリカーボネートの合成

 大阪市立大学の田村正純准教授らの研究グループは、「ポリカーボネートジオール」というプラスチックを常圧の二酸化炭素から合成することに成功しました。

 ポリカーボネートジオールは、ポリウレタンの原料の1つです。通称ポリカです。自動車の座席のシートやダッシュボード、合成皮革、塗料や接着剤など、いろいろなものに使われています。

 現在は、ホスゲンや一酸化炭素からポリカーボネートジオールが製造されています。ホスゲンも一酸化炭素も有毒です。一酸化炭素を作るのにも、石油が必要です。環境や安全性のためにも、新しい製造方法の開発が求められてきました。

 過去に開発した方法だと、「二酸化炭素を高圧状態にするために、大きなエネルギーが必要なこと」、「発生する水を取り除くのに、脱水材が必要になること」「反応後の脱水剤がポリカーボネートと反応してしまうこと」が問題になっていた。

成功へのプロセス

 今回、研究チームは脱水剤を使わない反応プロセスを実現しようと試みました。水を蒸発させて、取り除こうというものでした。沸点の高いヘキサンジオールを使用し、溶媒についても蒸発しにくいものを選びました。
 二酸化炭素は非常に安定している物質なので、十分な反応を得るには高圧が必要でした。しかし、今回の手法では、常圧であっても92%の収率、97%の選択率と十分な反応を得ていました。そして、水は狙いどおりに蒸発によって取り除かれていたのです。

 研究グループが次に行ったのは、触媒に使う物質を20種類以上ためすことです。ほとんどの触媒で反応が進みませんでした。試した中で、酸化セリウムだけが触媒として機能したのです。酸化セリウムは適度に二酸化炭素を吸着し、アルコールを活性化させることから、反応しやすい状態になっていると考えられるという。

製鉄所などの排出ガスを利用する

 原料の二酸化炭素は、実用化の際に工場のなどから排出されるものを、利用する考えがあるといいます。二酸化炭素は排出ガスから、熱は工場からまかなうことで、省エネにつなげようというものです。

 今後の研究で、二酸化炭素の適切な濃度や、不純物の種類、反応の効率を調べていく予定です。

 日本全体の鋼鉄業が排出している二酸化炭素排出量は約14%を占めています。実現化すれば、大幅に削減できると考えられます。

 二酸化炭素から作られたプラスチックが、身の回りに溢れるかもしれません。

ゼロからわかるクリスパー

ジャンル:科学
監修:山本卓 広島大学ゲノム編集いイノベーションセンター教授
元の記事の執筆者:嶋田洋輔

 全遺伝情報のことをゲノムといいます。体質や病気のなりやすさが左右されることもあります。そのゲノムを自在に書きかえることができる技術がゲノム編集です。

 最新のゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」についてゼロからやさしく解説します。

ゲノム編集とは

クリスパー・キャス9 の基礎情報

 2020年のノーベル化学賞は、アメリカの生物学者ジェニファー・ダウドナ博士と、フランスの微生物学者エマニュエル・シャルパンティエ博士が受賞しました。
 受賞の理由は、「CRISPR-Cas9」の開発です。 クリスパー・キャス9はゲノム編集技術の1つです

 ゲノムは、DNAに書き込まれています。DNAに含まれる「Aアデニン」「Tチミン」「Gグアニン」「Cシトシン」の4つの塩基が並ぶことで、遺伝情報を作っています。

 クリスパー・キャス9は、農業や医療などの応用研究に革命をもたらすものです。急速に発展しています。

 問題点は、安全性や倫理面が懸念されているということです。ヒトの受精卵のゲノム編集が許されるのか、倫理観が問われる問題です。中国で、ゲノム編集をした赤ちゃんが生まれたときも、強く批判をされています。

ゲノム変種とは

 ゲノムが変化することを「変異」といいます。DNAは複製ミスや紫外線による損傷などで、たえず変異が起きています。

 農業では、長い年月をかけて味がいいものと、病気にならないものなどを掛け合わせることで、品種改良をしてきました。

 ゲノム編集では、特殊なハサミ(分子)を使って狙った場所で、異変をおこすことができます。短期間で品種改良ができるのです。

 ゲノム編集は、ならった場所に遺伝子を挿入することもできます。原理は遺伝子組み換えと同じです。ビタミンAが豊富なイネの品種を、短時間で開発することができます。

 ゲノム編集には簡単に例えると3段階あります。

  1. 何億文字というなかの限られた文字列を探す…検索
  2. 目的の場所を探し出したら文字列を切り出す…切断
  3. 切り出した場所の…修復

 クリスパー・キャス9の役割は、上記の①検索と②切断することだけです。クリスパー・キャス9の役割は、ねらった遺伝子の機能を失わせることです。病気の治療を行うことができます。

 似たような遺伝子配列の経路を用意して、修復する方法もあります。ガイドRNAを使う方法です。
  ガイドRNAを使う方法 では、挿入したいDNAをガイドRNAに潜ませておくこともできます

ゲノム編集を使った栽培実験

 国内で最も実用化に近いのは、筑波大学の江面浩教授らによって開発された、GABAを豊富に含むトマトです。GABAには血圧上昇を抑えたり、リラックス効果があるとされています。

 収穫量が増えるイネ、ソラニンという毒が少ないジャガイモ、アレルギー反応を引き起こさない卵の開発も進められています。

 水産業でも「ミオスタチン」の機能を失わせることで、肉厚のマダイを開発することに成功しています。クロマグロの養殖においても、「おとなしい」マグロの開発が進められています。

エイズやがんの治療などの医療への応用にも期待されている。

 ゲノム編集は、病気の原因となる遺伝子を破壊することができます。挿入して病気の仕組みを調べたり、治療薬の候補を探したりするためにも活用されています。

 エイズの治療もできる可能性があります。エイズは、免疫機能の「リンパ球」に感染し、徐々に免疫低下を起こしていく病気です。エイズウイルス(HIV)はタンパク質の「CCR5」というタンパク質を目印にして侵入します。CCR5遺伝子機能をゲノム編集で失わせれば、HIVはリンパ球に感染できなくなります。アメリカで行われた臨床試験では、HIVが検出されなくなった人が現れました

 新しいがんの治療法として「CAR-T細胞療法」が注目されています。CAR-T細胞とは、がん細胞を認識して攻撃できるようにした細胞です。CAR-T細胞療法では、患者以外の細胞を移植すると、拒絶反応がおきてしまいます。そのため、患者ごとにCAR-T細胞を作る必要がありコストや時間(1~2カ月)がかかるという問題がありました。
 ゲノム編集を利用すれば、他人に移植しても拒絶反応が起きない細胞が作れます。2015年にはTALENによってユニバーサルCAR-Tが作られ、急性リンパ性白血病の女児の治療に使われました。

 視力の低下の病気に対して、網膜に直接薬剤を注入してゲノム編集を行う治療があります。体内で直接ゲノム編集を行うことができるのです。安全性や有用性を確かめるため、2019年からアメリカで臨床試験が行われています。

さらに正確なゲノムの書きかえが可能に

 ゲノム編集は、どの場所に変異を起こすのかを指定はできます。ですが、どのような変異をおこすのかは指定できません

 クリスパー・キャス9をさらに発展させて、「塩基編集」という技術開発が進んでいます。指定した塩基配列を1文字だけ変化させる技術です。遺伝性疾患を引き起こす変異には1文字だけ変化したものが多いため、治療に活用できると期待されています。

 ゲノムは、すべてが常に使われているわけではありません。必要なタイミングで、必要な遺伝子を働かせるスイッチがあります。このスイッチのON・OFFのみを操作する技術も開発されています。がん化のスイッチを常にOFFにできれば、がん細胞の増殖を抑えることができると期待されています。このような技術を「エピゲノム編集」とよびます。
 2021年4月からアメリカ国立衛生研究所(NIH)で、エピゲノム編集を用いた全ての遺伝性疾患について、疾患モデル細胞を作成するプロジェクトが、実施されています。

受精卵へのゲノム編集は必要なのか

 ゲノム編集でなければ対処できない遺伝性疾患はそれほど多くないかもしれません。

 病気を引き起こす遺伝子変異が、ある環境下では生存に有利な場合があります。鎌状赤血球症という病気があります。変異によって性質が変わり、貧血になりやすくなります。しかし、マラリアという感染症にかかりにくい特徴があるのです。マラリアが多いアフリカでは、 鎌状赤血球症はよく見られます。

 遺伝子の多様性を考えると、ゲノム編集で遺伝子を書きかえることが本当に正しいことなのか、難しいのです。

 現時点では、受精卵へのゲノム編集に対して臨床試験を容認するには、リスクが大きすぎるという声が上がっています。

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