仕事と人間 上/著者:ヤン・ルカセン

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書籍情報

タイトル

仕事と人間

70万年のグローバル労働史[上]

発刊 2024年3月25日

ISBN 978-4-14-081959-3

総ページ数 461p

著者

ヤン・ルカセン

労働史を専門とする歴史学者。アムステルダム自由大学名誉教授。
オランダの国際社会史研究所(IISH)の研究部長を長く務めたのち、現職。

出版

NHK出版

もくじ

  • はじめに
    • 労働史の系譜と研究成果、そして本書のスタンスについて
  • 序章
  • 第1部 人間と仕事~70万年前から1万2000年前まで
    • 第1章 動物と人間それぞれにとっての仕事
    • 第2章 狩猟採集民の仕事
    • 第3章 狩猟採集以外の活動
  • 第2部 農業と分業~紀元前1万年から紀元前5000年まで
    • 第4章 新石器革命
    • 第5章 農民の仕事
    • 第6章 男女間の分業
    • 第7章 世帯間の分業とそこから生じうる影響
  • 第3部 新しい労働関係の出現~紀元前5000年から紀元前500年まで
    • 第8章 「複合」農業社会における労働 不平等の拡大
    • 第9章 最初期の都市の労働 職業の文化と再分配
    • 第10章 国家における労働 多様な労働関係
  • 第4部 市場に向けての仕事~紀元前500年から後1500年まで
    • 第11章 貨幣化と労働報酬 ユーラシア
    • 第12章 労働市場と通貨と社会 紀元前500年から紀元後400年の中国、ギリシャ・ローマ、インド
    • 第13章 市場の消滅と再出現 紀元後400年から1000年のヨーロッパとインド
    • 第14章 労働市場をもたない異例の国家の成立 アメリカ大陸
    • 第15章 労働市場の復活 1000年から1500年のヨーロッパとインド
  • 第5部 労働関係のグローバル化~1500年から1800年まで
    • 第16章 労働集約型発展経路 近代初期のアジア
    • 第17章 労働集約型発展経路から資本集約型発展経路へ 近代初期の西ヨーロッパ

紹介文

 人類が労働を通じてどのように生きてきたのかを深く掘り下げた作品です。各時代の労働の形態とその社会的な意味に焦点を当てています。人類の歴史を通じて、労働がどのように社会構造や人間の生活に組み込まれてきたのかを、地理的な広がりと時間的な深さを持って分析しています。彼は、狩猟採集社会から農耕社会への移行、産業革命までの労働の変遷を説明しています。

 この「上」巻では、主に原始時代から産業革命前夜までをカバーしており、人類が自然界とどのように対話しながら生活の質を向上させてきたかを描いています。労働の歴史を通じて、人間関係や社会制度、経済発展がどのように相互作用してきたかを学ぶことは、現代社会を理解する上で非常に価値があります。

 経済学、社会学、歴史学を学ぶ学生や専門家にとっても非常に有益です。また、広い視野で人類の歴史を捉えたい一般読者にとっても、多くの示唆に富む一冊となるでしょう。

試し読み

※そのままの文章ではありませんが、試し読みする感覚でお楽しみください。

世帯間の分業とそこから生じうる影響

 紀元前9600年の時点での人口密集地は500人ほどであり、数千年後でも都市の人口は1000人を超えることはありませんでした。この時代の最大の密集地は、今日なら村と呼ばれる程度のところでした。

 新石器革命が男女間の分業に与えた影響があるなら、世帯を超えた社会的人間関係にも影響があったのではないでしょうか。

 農業が大成功し、農民が必要量を超える食料を生産できる地域では、人口の集中が可能となり、一定の人々が農業以外のことができるようになりました。

 しかし、農業や石器作りなどの専門技術が誰かの本業になるほどには発達していたかどうかは疑問です。考古学データからは、新石器革命の時代に中国で特に分化が生じていたことが示唆されています。

 糸紡ぎ、梳毛、撚糸、手編み、繕い、手織りなどの繊維技術は、家事の一環として発展し、最初は各世帯が自分たちのために行っていました。本格的な農業が始まると、動物の毛が手に入りやすくなり、亜麻や大麻などの工芸作物も栽培されるようになりました。

 しかし、この程度の専門化では、農民世帯と専門職人の間で大規模な交換が行われる余地はほとんどありませんでした。貿易は希薄で、半貴石などの貴重品に限り物々交換が行われる程度でした。

正解最古の都市 メソポタミア

 肥沃な三日月地帯から話を始めましょう。この地域は新石器革命で完璧に近い成功を収めた場所で、例えばニューギニアや北アメリカ東部の古い農業地域とは異なり、植物性と動物性の栄養源がバランス良く存在していました。特にメソポタミアは紀元前3000年代には数千人を擁する人口集中都市となり、帝国時代のローマの半分に相当する規模だったと考えられています。

 宗教の発展も顕著で、さまざまな職業集団が最高神エンキを守護神として崇拝していたほどです。職には革なめし職人、洗濯屋、葦細工職人、理髪師、職工、建築職人、金物細工師、陶工、灌漑技術者、庭師、ヤギ使い、医者、占い師、儀式祭司、楽器演奏者、筆記者などがあり、紀元前2000年代には職業訓練も始まっていました。

 最初の都市社会では、苦役の負担が軽減されていました。物品の交換と再分配を行う中央管理組織が労働者を統制していたためです。紀元前4000年代に発明された円筒形の印章は、物品の保管と輸送を効率化するために管理が必要だったことを示しています。押印されていれば本物である保証があり、倉庫の在庫管理にも役立っていました。このシステムを活用して、生産者は余剰生産物を神殿に納入し、神殿はそれを非農民の市民に再分配していました。

市場経済の出現 アステカ帝国編

 市場はアステカ帝国の出現以前から存在していましたが、品物の交換に欠かせない場所として、首都の外にも多く設けられていました。首都ではほぼ毎日市が開かれていました。

 市場には、品物の生産者と専門の商人の両方が売り手として参加していました。ユーラシア大陸では多様な金属が通貨として用いられるのが一般的でしたが、アステカではその慣習がなく、最小単位としてのカカオ豆や、中価値の交換手段として「クアチトリ」と呼ばれる綿布、さらに最も価値の高い交換物としてT字形の青銅製斧や他の貴重品が用いられていました。

 発展途上の貨幣制度が垣間見えるものの、アステカの庶民は抑圧された農奴のような存在で、望みのない人生を余儀なくされているようにも見えますが、実際には領主への年間数週間程度の労働を通じた納税です。彼らは神殿や水路網の建設、さらには軍役にも従事していました。アステカには賃金労働者はおらず、生産者がいるけです。その代わり、奴隷に生産労働させる関係性が成立しており、賃金を必要としていなかった状況があります。

 また、アメリカ大陸の農業社会では、小さな自治社会が機能しており、農民世帯にはある程度の税が課されていた「専制的」な社会も存在していました。

 紀元前後1000年ごとに世界を俯瞰すると、単純から複雑へと進化する多様な社会が存在しており、労働関係もさまざまでした。多様性が見られる一方で、変化の兆しも見える時代だったのです。

労働集約型発展経路 日本

 徳川時代の日本は、農業生産の手法を転換し、その結果として仕事の質の向上につながる好例になっています。幕府は人や財の国際的な流動を厳しく規制し、これによって国を守っていました。

 土地はほとんど利用され尽くされ、放牧地を確保する余地もありませんでした。肉や乳製品や羊毛の生産をする土地がなかったのです。そのため、日本の農業は人と肥料と種と農具で単位面積あたりの年間収穫を上げることに集中しました。

 地方における非農業生産の重要性は、藩の人口の約90%が農民であったにも関わらず顕著です。地域生産物の40~50%が非農産物によって占められていたとされています。

 日本の労働に直接影響をおよぼす政治上の重要な変化が2つあります。1つは武士が都市に集住し、幕藩体制がしかれたことです。戦乱のない世が訪れて、急速に都市化が進むことにもなりました。もう1つは、年貢が基本的に稲田の生産高にもとづいて村ごとに課されたため、農家の役割が非常に重要になったことです。

 主家が労働者を雇用する体制が確立されました。日当で働く臨時雇い人もいれば、大きい事業の場合は大勢を雇うこともありました。銅山での労働では、男女問わず大勢の労働者を必要としました。排水の問題が出て幕府が賃金を引き下げるまでは、健全な人が働いていたのです。人が来なくなると、ごろつきや罪人、次に百姓が集められました。強制労働の方法が模索され、自由労働市場を放棄した結果、労働集約型生産の改善も進まなかったのです。

 徳川時代の日本では、労働者の質と仕事のあり方における重要なイノベーションは農業にありました。世帯成員が長く働くようになり、専門的な知識が増加し、労働規律も向上しています。絹や綿を紡いで織物を生産するようになり、農業と家内工業の生産物が市場で売られました。これにより、砂糖などのぜいたく品も変えるようになったのです。さらに、日本の賃金労働は銅鉱石から銭貨までの生産物連鎖とともに拡大しました。

 農業そのものは貨幣化が進んでおらず、隣近所での労働交換が生まれ、日本人の生活の特色になりました。その一体感のもとでは日雇い労働ははぐれ者扱いであり、賃金の支払いは何カ月も先送りにされることもあったようです。

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