歩きながら考える

※読んだ本の一部を紹介します。

※そのままの文章ではありませんが、試し読みする感覚でお楽しみください。

はじめに

 パンデミックが始まってから2年半以上になりました。「どこかに行かなければ」という焦燥感は、ありません。

 諦めというものとはまた違っていて、「新しい習慣に対する適応」が定着したような気がします。新しい引き出しがまだまだあったのです。

書籍情報

タイトル

歩きながら考える

著者

ヤマザキマリ

漫画家・文筆家、画家。東京造形大学客員教授。

 『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞など多々受賞しています。

出版

中公新書クラレ

カブトムシに死生観を学ぶ

昆虫も生き物
 知恵をもつことで、人間はどこか特別な生き物だと自負しているところがあります。しかし、生き物としては昆虫と同じなのです。
 生まれて、食べて、生きて、老いれば動けなくなり、死んでいきます。
 カブトムシの死という結末を悲劇や不条理と捉えない生き方から、あらためて人間としての驕りを自覚しました。

 仕事の取材などで自然に囲まれた場所に行くと、無意識のうちにそばの草むらや木々に昆虫を探してしまう癖があります。

 そんな私のもとで、このパンデミックの時期にカブトムシが大量に繁殖しました。オスの「シゲル」、メスの「ヨシコ」と「フミヨ」を友達が贈ってくれたことが発端です。

 暑い夏のこと。土を替えようとしたら、中からたくさん卵が現れました。50個以上の卵です。日に日に成長し、幼虫から蛹へ、蛹が羽化をはたしました。羽化した翌朝には土が穴だらけになっていて、容器の蓋の隙間から飛び立ってしまわれたのです。

 昆虫は短いスパンで生命のサイクルを完成させます。一生のすべてを手の内で見ることができます。

 彼らは考えがあって行動するわけではないので、人間的解釈に重ねるのは間違っています。ですが、その生態は見ているだけで、想像力を搔き立てるものがあり、人間の生き方をあらためて顧みる意味でも飽きることがありません。

イタリア人の達観

黒死病(ペスト)の芸術
 14世紀に猛威を振るい、ヨーロッパの人口を激減させた黒死病は、西洋芸術や文学、歴史などで学びを得られる機会が多くあります。
 「死の舞台」は、まさに疫病を死神として描いた代表的な絵画様式です。ヨーロッパの人々にとって、日本の台風や地震のような感覚で思っている印象があります。

 出生率も長年にわたり欧州最低水準にあり、日本に負けず劣らず、少子高齢化の問題を抱えています。施設で暮らす習慣が定着していません。

 コロナ禍では、同居する孫などからコロナウイルスに感染し、多くの高齢者が死亡しました。

 ヨーロッパの場合は、「感染して生きるも死ぬも、判断は私たちにある」と、政府や世間の推奨をそれほど優先順位の上位に捉えていない風潮があります。

 イタリアでも、様々な価値観を持った人がいるようで、ワクチン反対派の人もいるのです。

 そんなばらつきがある社会でありながら、最初にロックダウンが施行されたときにイタリア人全員が外出を控えたのには、驚きました。

 イタリア人がパンデミックに狼狽している反面で、どこか達観していたような印象すら受けます。学校教育を通じて、身近な物語に疫病の流行というものに知識があり、比較的馴染んでいたからかもしれません。

『祖国地球』モランの提唱

『人類はどこへ向かうのか』
 フランスの社会学者で思想家のエドガール・モラン『祖国地球ー人類はどこへむかうのか』1993年。夫がこの書籍を勧めてくれました。

 人間はウイルスを絶滅できたとしても、人間をあざ笑うように新種のウイルスが現れ、変異し、再生するのをみているしかない。人源は声明と、また自然と干渉するしかなく、それらはこれからも変わらないだろう。
 人間は地球を一変させた。植物におおわれた表層を支配下に置き、動物たちの主人となった。しかし、人類は世界の主人ではなく、地球の主人でさえない

『祖国地球ー人類はどこへ向かうのか』より

 「人間は地球の主人でさえない」という主旨の一文に、強い共感を覚えます。

 国際政治にしても、自国ベースで検討されていて地球単位で人類を残そうという意識があるのか疑問です。

 モランが説くのは、それぞれの倫理をもった人々の「共生」になります。知性や教養が修練された先に、より良い世界の統括ができるという思想です。この知性主義的な姿勢が、ヨーロッパの学校教育で尊重されているのだと思います。

自然のなかに身を置く必然性

 爽快な気分になるわりには、自然のなかを歩いていると案外疲れるものです。その疲労感は、都会を歩くのとはまた違った種類に感じています。

 都市部での規則正しい日常は、海外からも観光客を感嘆とさせるものですが、思いがけない言動や行動などで予定調和を乱す人を許すことができないといったことが起こるわけです。

 一方、自然においては何が起きるかわかりません。樹木一本をとってみても、そこには人間と共有する意識をもたない生物がたくさん生息しています。日が落ちて暗くなってきたら、方向感覚が鈍って視界も狭くなり、自分脆弱さと向き合うこともあるでしょう。

 自然の圧倒的なポテンシャルに接すれば、自ずと自分と等身大の何倍にも見せるといった虚勢を萎縮させることにもなるのです。

感想

サイト管理人

サイト管理人

 考え方が全く違う人の書籍は、読んでいて刺激になります。

 カブトムシの幼虫が3令幼虫になるまでの過程で、どんな空想を広げているのでしょうか。本書では奇形の話が語られていましたが、どんな思いで土いじりをしていたのでしょう。

 幼虫を人間の赤ちゃんと捉えて、何かを考えるなんてしたことありませんし、恋愛模様を想像することは、まずありません。

 人類全体の生存を考えて行動することや、思想を巡らせることも稀です。

 芸術肌の意見に触れられる面白い書籍でした。

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