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目次
書籍情報
なぜアートに魅了されるのか

渡辺茂
慶應義塾大学名誉教授。文学博士、専門は、実験心理学・神経科学・比較認知科学。
共立出版
- まえがき
- 第1章 アートの進化的起源 渡辺茂
- 動物の体の美しさ
- 美しさは適応の信号か
- 美の「突っ走り」仮説
- 「行き過ぎ」も何かの信号―ハンディキャップ仮説
- 「良い遺伝子」は存在するか
- 美の弁別は可能か
- 美の機能的自律性
- 動物が作るアート
- 構築する動物たち
- 求愛のための建築
- 動物はヒューマン・アートを作れるか
- バイオ・アート
- アートの起源
- 作品には何が必要か
- アートと快感
- 動物もヒューマン・アートを楽しむか
- 進化の産物としてのアート
- アニマル・アートとヒューマン・アートの違い
- 美の恣意性とデモクラシー
- まとめ
- コラム 小さな子どもたちのダンスが教えてくれること 山本絵里子
- 動物の体の美しさ
- 第2章 なぜ洞窟に壁画を描いたのか―ヨーロッパ旧石器時代人が残した具象像と幾何学形 五十嵐ジャンヌ
- ヨーロッパ旧石器時代の洞窟壁画とは
- なぜ洞窟に壁画が描かれたのか
- 壁画に表された動物
- 壁画に記された幾何学形
- 旧石器時代人が持ち運びしたアート動産美術や装身具
- 後期旧石器時代の持ち運びできるアートに表された具象像と幾何学形
- 動産美術や装身具から見る素材の入手、形の伝播、人びとの移動、人びとのつながり
- 象徴的行動としてのアート
- なぜ洞窟だったのか
- 象徴的行動
- さいごに
- ヨーロッパ旧石器時代の洞窟壁画とは
- 第3章 記号としての描画 幕内 充
- 記号とは
- 記号とヒト
- 記号認知という省力モード
- 記号認知という省力モード
- 記号の統語論・意味論語用論 語用論としてのアート
- 指示的記号・喚情的記号
- 記号としての描画
- 指示的記号としての描画
- 喚情的記号としての描画
- 描画の発達
- 写真と写実画のアイコニシティ
- 写真の情報提供能力
- 写実画の美
- アルベルト・ジャコメッティの苦闘
- 円柱をどう描くか
- アイコニシティ批判
- デジタルアート・AI・NFTの登上
- 生成AIによるイラスト
- NFT
- まとめ――ヒトは指示的記号と喚情的記号の世界の均衡のためにアートを求める
- コラム アートによる発達支援 近藤鮎子
- コラム キャンバスとしての皮膚と着衣の起源 百々 徹
- 記号とは
- 第4章 アートを実験する 実験美学の視点 石津智大
- アートの諸相
- アートを見る―美術鑑賞と眼の動き
- アートを読む―美術鑑賞と脳の働き
- アートを考える―美術鑑賞と文字情報
- 第5章 なぜ悲しい芸術を求めるのか?
- 芸術と美学から
- 実験心理学から
- 認知脳科学からか
- 悲しい美の脳活動
- ユーダイモニア
- ネガティブケイパビリティ
- 視点の散歩
- コラム 彫刻―視点の散歩 植松琢磨
- 第6章 アートの治外法権性―アール・ブリュットの場をめぐって 内海 健
- はじめに
- アール・ブリュットについて
- アール・ブリュットのエッセンス
- 作者とは誰のことか
- 「作者の死」
- ヘンリー・ダーガーの場合
- プロセス
- サイモン・ロディアの場合
- 作者と作品のあいだ
- 視覚とプロセス
- アール・ブリュットとしてのセザンヌ
- おわりに
- コラム アール・ブリュットの現在―英国、パリ、滋賀の事例より 保坂健二朗
- コラム そこにあるアート―アートの非実在性 清原舞子/伊集院清一
- 第7章 モダン・アートにおける闘いの場―ガーデニングとイメージの作用力 後藤文子
- 芸術制作とガーデニング
- 印象主義からダダイズムまで、モネからへ ーヒまで
- 「不在のイメージ」という問題
- 制作論からガーデニングを見ること
- 光と色彩のイメージ
- 機能形態学への関心
- 光、大気への関心
- カンディンスキーにおける光のイメージ
- 闘いの場としてのガーデニング
- 「下からの革命」とガーデニング
- 近代芸術の小さな苗に水を遣る
- 結び
- コラム アートは普遍的か? G・カプチック(宮坂敬造 訳)
- 芸術制作とガーデニング
- 第8章 次なる知覚へ―アート&テクノロジー/サイエンスの視点から 森山朋絵
- 「アート&テクノロジー/サイエンス」のカテゴリー
- 「アート&テクノロジー/サイエンス」の日本における源流と文化施設、国内外の動向
- 日本における源流と文化施設
- 国内外の主な動向
- 「アート&テクノロジー/サイエンス」のサイクルとそのプラットフォーム
- 「アート&テクノロジー/サイエンス」の拡がりと事例
- アナモルフォーズ=錯視と視覚トリック
- マジック・シャドウズ=プロジェクション
- アニメイテッド・イマジネーション=動きを与えられた視覚メディア
- 3D=奥行知覚、人工現実感や重畳表示、パノラミックなイマーシブ領域
- 視覚の拡大と縮小=サテライトアート、スペースアートからナノスペース・量子領域まで
- 時と空間の記憶、高精細画像・写真、ドキュメンテーション
- ポストコロナ時代の試み
- Al、人工生命、バイオアート
- NFT、ウェルビーイング、ソーシャルエンゲージドアート
- おわりに――次なるクリエイティビティへ
- あとがき
書籍紹介
この本は、アートが私たちの心を掴む理由を科学と心理学の視点から解き明かす試みであり、芸術の普遍的な魅力に迫る内容となっています。渡辺茂先生は、実験心理学や神経科学、比較認知科学の専門家として知られ、長年にわたり美や芸術が人間や動物に与える影響を研究してきました。その知見を基に、共著者である大崎睦先生をはじめとする研究者たちが、アートの本質について多角的に考察しています。
なぜ人間は美しい絵画や音楽に心を動かされるのか、動物はアートをどのように認識するのか、といった問いに対して、MRIを用いた脳観察や動物実験の結果を交えながら答えを探ります。特に、ヒトの美的感覚がどのように進化してきたのか、そしてそれが動物とどう異なるのかを比較することで、芸術の起源に迫る議論は非常に興味深いです。たとえば、鳥や魚といった動物が示す「美的な行動」を取り上げ、それがヒトの芸術とどうつながるのかを丁寧に解説しています。
洞窟絵画や現代アートといった具体的な事例を通じて、時代や文化を超えたアートの普遍性を探る章も印象的です。これにより、読者はアートが単なる装飾や娯楽ではなく、人間の本質や社会と深く結びついた存在であることを実感できます。
アートを愛し、その背後にある「なぜ」を知りたいと思うすべての人におすすめの本です。芸術家や研究者はもちろん、日常の中でアートに心を動かされた経験がある方なら、きっと新たな視点を得られるでしょう。
試し読み
※そのままの文章ではありませんが、試し読みする感覚でお楽しみください。
悲しい美の脳活動

研究で、悲哀美と歓喜美の異なるタイプの美を感じているときの脳の反応を直接比較してみました。この機能的MRIを使った研究では、「ポジティブかネガティブか」「美しいか醜いか」を測る質問を用意し、参加者に写真を評価してもらう実験を行っています。
結果、悲哀美も歓喜美も内側眼窩全頭前皮質という部位が活動するという共通点が見られました。違う点は、悲哀美を感じている時にだけ、内側眼窩全頭前皮質と他の脳部位(中部帯状回、補足運動野、背外側全頭前皮質)との間でつながりが強くなることです。
他者の悲しみに共感し、精神的な苦痛を理解することにかかわる人間の社会性に関係していることが示されています。社会的な脳領域と連携して複雑な美的経験を生み出していると考えることができます。
他の感情と比較すると、悲しみの感情はハッキリと違う反応をします。芸術や音楽を通じて感じる悲しみが、異質なものであるのかもしれません。今後、認知脳科学的な研究と自分文学的な研究を通じて発展していく、エキサイティングなテーマだといえるでしょう。